魂(たま)合気研究会

 

四、真中と渦海

神示とは自然界の根本に共通する原理を伝えているようです。
内山真月師に下ろされたご神示「赤玉白玉」編の始めのページに出てくる言葉が「富士の仕組は真中(まなか)出しじゃ。真中が出て始めて渦芽が動くぞ。猿田彦殿と、天之宇豆女(あめのうずめ)殿であるぞ。心してかかれよ。この仕組言うてはならんし。言わねばならん。神と人も同じであるぞ。」とあります。
合気もまた真中がでると不思議な力がでてきます。
植芝師は「昭和十五年の十二月十四日以降、あらためて、先祖(正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあがつかつはやひあめのおしほみみのみこと)からの技をやらねばならぬことになりました」(合79)この時に「猿田毘古大神が皇大神(すめみおおかみ)のみ言をもち、私に武産合気が下ったのです」(武122)とあります。
これらのことから猿田毘古大神様が真中を伝え、天之宇豆女の神様は渦芽を伝えていると思いました。
そこで毎日ただ立つ稽古をしました。真中を意識してただ立つだけでしたが色々気がつくことがありました。
真中が出るには肩や身体の前後、両脇から力みが抜ける事が大切です。
合気では何故力を入れないのに相手が転がるのか、その理由の一つが真中であろうと思います。
真中を保って立つことが出来れば、相手の傾きが観じられてくるので、傾きを利用して動けばいいのです。
相手は委ねたような気持ちになって動いていきます。
相手は無意識にバランスを保とうとしていますからこちらに中心が出ていると無意識的に頼りにします。(こちらの身体を体勢を保つ支えにしています)ところがこちらが支えにならないので崩れて行きます。
相手より先に真中を崩さないことが大切です。さもないと相手はこちらが頼りにならないと無意識的に感じて体勢を立て直してしまうからです。
「自分の中心を知らなければなりません。自分の中心、大虚空の中心、中心は虚空にあるのであり、自分で書いていき、丸を描く。丸はすべてのものを生み出す力をもっています。全部は丸によって生み出てくるのであります。きりりっと回るからできるのです」(合154)とあります。
今まで、中心とは身体の上下を貫く中心、或いは中央にある仙骨のことと思っていましたが、このように自分が大虚空の中心にあり、その中心もまた虚空であるという捉え方は目から鱗の事でした。つまり、中心は虚空ですから、台風の目の中が無風であるように、渦の感覚があれば、自分の中心もまた虚空と思いました。
友達がふとんの中でうとうととしながら、お腹に銀河が渦を巻きながら動いているのを観じていたら、やがて銀河と自分が一つになってしまったというのです。それを聞いたときに「それを試してみよう」ということになりました。これが渦をつくる最初のきっかけだったのですが、向き合って立ち、お腹(仙骨)を中心に気の流れで大きな渦銀河を作り、その流れに乗ってほんの小さな円の動きをお腹に作ってから両手をつかんでもらいました。そこから手をタラリと返しただけですが、受けた人は、ころころと畳の上を二回転しました。こんなことで二回も転がるとはまずあり得ないことです。
お互いに試してみると同じようにころころと転がりました。
「合気は充分気を知らねばならない。武の気はことごとく渦巻きの中に入ったら無限の力が湧いてくる」(合88)これらの言葉の通りでした。
「赤玉白玉」にも「富士の仕組みは終わり、鳴門の仕組みに入るぞ。鳴門とは渦海のことじゃ、渦海にて大きく動くぞ」とあります。渦をつくると、相手は大きく動きます。渦は円とは違い、真中へと吸い込まれていく、或いは真中から広がって行く働きで大きな力が生まれます。合気もこの理合が働きます。
天之宇豆女命様は、八百万の神様を、笑いの渦に巻きこみましたが、合気もまた笑いの渦があれば思いのほかに利いてきます。
そのためにも「何々をしてはいけない」といった、かたくなな心が生まれない場が大切と思いました。