魂(たま)合気研究会

 

二、魂の合気

「合気真髄」と「武産(たけむす)合気」は合気道開祖、植芝盛平師の語録です。
合気は唯神道(かむながらのみち)と語られていることにまず驚きました。
内容は難解でしたが、私の目指す合気がここにあると思いましたので多く引用させて頂きました。
とはいえ、これらの言葉を解説しようというのではありません。
植芝師語録は神様のみ言葉であり、それの解説など出来るはずがありません。幸い、読む人の心に応じて、様々な答えが返ってくるのがご神示ですから、私がどのように読み取ったとしても、それは必要な答えであったと理解して戴だければありがたいと思います。
「合気というものは、森羅万象どんなものでも、極意に取り入れなくてはならない。取り入れるのではなく、教えを受けなくてはならぬ」(合38)(以後カッコ内の合は合気真髄、武は武産合気、数字は出典のページを表します)とあります。
私も森羅万象から多くを教えられました。推移する中での様々な出来事を振り返ってみますと、偶然に現れる必然的な出来事、ご縁、出会い、ひらめきがありました。
中でも稽古場を持つ事ができて稽古仲間に来て頂けることはありがたい巡りでした。
同じ目的を持つ仲間とのご縁はとても嬉しいことです。
感謝の念で振り返ると「これは神律神法で、それで天津かんなぎの道でもある」(合17)とある通りに、全ては神計らいの中での推移と感じます。
「合気真髄」に「私は今まで、各流儀を三十流ほどやりました。柳生流の体術をはじめ、真揚流、起倒流、大東流、神陰流などいろいろやりましたが、合気はそれらを総合したものではないのであります。
合気はすべて気によるのであります」(合31)「昭和十五年の十二月十四日、朝方二時頃に、急に妙な状態になりまして、禊ぎからあがって、その折に今まで習っていたところの技は、全部忘れてしまいました。
あらためて先祖からの技をやらんならんことになりました。」(合24)
この文章を読んだ時は驚きました。植芝師は大東流合気柔術さえも忘れたのかと。しかし新たな武産合気が誕生するために必然的な出来事と思いました。
ビデオでしか植芝師の動きは知りませんが、昭和十年(52歳)の演武では、華麗で厳しく素早い動きで、達人とはかくも凄いものかと圧倒させられました。
「その当時は、私の身体には力が充実し、融通無碍、神変自在の技が自然に生み出てきて、数えれば何万種の技を自由自在に行っていた。剣をもてば剣もその道の人たちに自在に教えることができた。どうしてこんなに力が出て技が湧いてくるのだろうと不思議に思っていた。しかしこのままで済ましてはいけないという気分になったのです」(武125)とあります。
このような武芸の奥義に達しておられたからこそ、次元の異なる合気へとシフトし「合気によってこの世を禊せよ」と天命が下されたと思いました。
シフトした意義とは「武道とは神ながらの道、これまでの武道はまだ充分ではありません。今までのものは魄の時代であり、土台固めであつたのです。
目に見えざる世界を明らかにして、この世に和合をもたらす。
それこそ真の武道の完成であります。
今までは、形と形のもののすれあいが武道でありましたが、それを土台としまして、全てをわすれ、その上に自分の魂を乗せなければなりません」(合154)。
身体の霊を魄(ハク)と言い、宇宙の組織であるタマの響きを魂(タマ)と言います。魂(タマ)の武道は、目に見えない世界を明らかにする事が目的であって、今までの武道の目的や概念とはまったく異なったものです。
ゆえに今までの武道の理論や技術、常識といったものを引きずっていては、魂の武道に変わることが出来ない。その為に忘れさせられたのだと思いました。「合気はすべて気によるのであります」と一言で表しておられます。
とはいえ「魂の気で、自己の身体を自在に使わなければならない」(合18)とあるように、身体全体で無駄のない動きができるように幾つかの基本は必要かと思います。「古よりの各流派の武道を捨てよというのではないが、それを土台として、それを跡形も無く忘れて新しく合気は生まれ出たもので、みな気の巡りに従っております」(武170)
我々も規模こそ違いますが、これに習い新しい試みの中から発見していく、それが合気と思います。
体のさばきも大切ですが、さばきに重きをおけば柔術であり体術になっていきます。合気は気の巡らし方ですから無限の可能性を秘めています。
それだけでもわくわくします。私達の会は植芝師語録に沿う合気を目指したいと思います。